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青森地方裁判所 昭和44年(ワ)19号 判決 1970年1月22日

原告

柳谷ちるゑ

被告

丸山源蔵

ほか一名

主文

被告らは連帯して原告に対し、金一一五万〇、六〇四円およびこれに対する昭和四四年一月三〇日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決の第一項は仮にこれを執行することができる。

事実

第一、原告訴訟代理人は、「被告らは連帯して原告に対し、金二一九万五、六六七円およびこれに対する昭和四四年一月三〇日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、また被告らの主張に答えて、つぎのとおり述べた。

一、請求の原因

(一)  原告は、昭和四二年八月七日午後四時ころ、むつ市大字田名部字柿ノ下梅田次郎方前県道上において、被告中村敏雄運転の小型四輪貨物自動車(青四に九九八八号、以下本件被告車という。)に追突され、頭部外傷、頭蓋骨骨折、脳内出血、頭部裂創、左肩・腰部・下肢打撲傷、左外傷性視神経萎縮の傷害を受けた。

(二)  本件事故は、被告中村が本件被告車を運転して青森県下北郡大畑町方面からむつ市田名部方面へ向け前記県道を進行中、本件事故現場付近で居眠りしたまま同車を運転した過失により原告に気づかず、同車を原告に追突させたもので、同被告は、民法第七〇九条により原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

また、被告丸山源蔵は、本件被告車の所有者で自己の業務のためにその被用者である被告中村に同車を運転させていたところ、その運行によつて原告の身体を害したのであるから、自動車損害賠償保障法第三条により原告の被つた損害を賠償すべき責任がある。

(三)  本件事故により原告に生じた損害は、つぎのとおりである。

(1) 療養費金五万七、一〇〇円(ただし、被告らが直接支払つた分を除く。)その詳細は、つぎのとおりである。

(イ)入院中の付添料 金四万六、五〇〇円

原告は、本件受傷のため昭和四二年八月七日から同年一一月一〇日までむつ市立むつ病院に入院加療し、退院後も昭和四三年八月三一日まで通院加療をしなければならなかつたが、右入院中の付添料として中里良子に金一万二、〇〇〇円、斎藤いし子に金七、二〇〇円、川畑ふぢに金一万二、九〇〇円、永田てるに金一万四、四〇〇円をそれぞれ支払つた。

(ロ) 鍼灸料 金一万〇、六〇〇円

原告は、本件受傷のため昭和四二年一一月二六日から同年一二月一二日まで、昭和四三年九月二八日から同年一〇月一一日までむつ市大湊の大湊鍼灸療院で鍼灸治療を受け、これが料金一万〇、六〇〇円を支払つた。

(2) 得べかりし利益の喪失 金一八九万八、五六七円

原告は、本件事故前は一家の主婦としての仕事のほか家業の菓子製造の手伝いや田、畑(各四反歩)の耕作に従事してきたが、本件事故のため労働能力を喪失した。

労働省大臣官房労働統計調査部発行の労働統計年報(昭和四二年)第六七表によると全女子労働者の平均月間現金給与額は金二万一、七〇〇円であり、これを基準にして、原告の過去および将来の得べかりし利益の喪失額を計算すると、つぎのとおりとなる。

(イ) 過去の分 金三六万八、九〇〇円

本件事故時である昭和四二年八月七日から本訴提起時である昭和四四年一月二三日まで一七か月間の得べかりし利益の喪失額は金三六万八、九〇〇円である。

(ロ) 将来の分 金一五二万九、六六七円

原告は、本訴提起当時五八歳であり、厚生省大臣官房統計調査部発表の第一一回生命表によると平均余命は一九・四〇年であるところ、本件事故前は健康であつたから少くとも六五歳に達するまでの七年間は就労可能であつた。

一か月の得べかりし利益も前記金二万一、七〇〇円として年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法により控除して現価を求めると、金一五二万九、六六七円となる。

(3) 慰藉料 金一〇〇万円

原告は、本件事故のため約二週間にわたり意識不明の状態に陥り、その後九六日間の入院治療、一年に近い通院治療を受けざるを得なくなつたばかりか、現在も左眼の視力障害、頭痛等の後遺障害が残つており、今後就労はおろか正常な生活を営むことも不可能である。

これらの原告の被つた肉体的、精神的苦痛を慰藉するためには、金一〇〇万円をもつて相当とする。

(四)  損益相殺

原告は、本件事故に伴ない自動車損害賠償責任保険金七五万円(後遺症分金六〇万円、傷害分金一五万円)を受領し、また被告丸山から見舞金一万円の支払いを受けたので、右合計金七六万円を前記(三)の(1)ないし(3)の合計金二九五万五、六六七円から控除した残額金二一九万五、六六七円が被告らの支払うべき損害賠償額である。

(五)  そこで、原告は、被告らに対し連帯して右損害賠償金二一九万、五六六七円およびこれに対する本件訴状副本送達の日である昭和四四年一月三〇日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告らの主張に対する答弁

被告らの主張事実をいずれも否認する。

第二、被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因事実に対する答弁および主張として、つぎのとおり述べた。

一、請求の原因事実に対する答弁

(1)  請求の原因事実(一)を認める。

(2)  同事実(二)に対する被告らの認否

(イ) 被告丸山の認否

同事実(二)のうち、被告丸山が本件被告車の所有者であつたこと、自己の業務のためにその被用者である被告中村に同車を運転させていたことは認めるが、その余を否認する。

(ロ) 被告中村の認否

同事実(二)のうち、被告中村が本件被告車を運転して青森県下北郡大畑町方面からむつ市田名部方面へ向け県道を進行中、本件事故現場付近で居眠りをしたまま同車を運転した過失により原告に気づかず、同車を原告に追突させて本件事故を惹起したもので、同被告が民法第七〇九条により原告の被つた損害を賠償すべき責任があること、および被告丸山が本件被告車の所有者で自己の業務のためにその被用者である被告中村に同車を運転させていたことを認めるが、その余を否認する。

(3)  同事実(三)のうち、原告が本件受傷のため昭和四二年八月七日から同年一一月一〇日までむつ市立むつ病院で入院治療を受けたことを認めるが、その余は不知もしくは否認する。

(4)  同事実(四)のうち、原告が本件事故に伴ない自動車損害賠償責任保険金七五万円(後遺症分金六〇万円、傷害分金一五万円)を受領し、また被告丸山から見舞金一万円の支払いを受けたことを認めるが、その余を争う。

二、被告らの主張

(一)  昭和四二年八月七日から同年同月一四日まで被告中村の母中村ツルが見舞いを兼ねて原告に付添い、同年同月一五日から同年同月三一日まで被告丸山が庭瀬ハルヱを依頼して原告に付添わせその料金を支払つたから、原告主張の付添料は生ずる余地はない。

(二)  鍼灸費もその治療日数も原告主張の二分の一程度であり、しかも原告は本件事故発生前から鍼灸治療を受けていた。

(三)  原告は、殆んど稼働能力がなく、むつ市長の扶養所得証明によれば、昭和四一年中の所得は営業・農業所得ともになく被扶養者として申告されている。

もつとも、原告の昭和四二年中の所得は手伝、専従者給与額年額金一一万円として届出られているが、これは本件事故発生後の届出であつて、原告の夫丈助の収入も昭和四一年中は金一七万四、八一〇円として届出られていたにもかかわらず昭和四二年中の収入は右よりも七割以上も増加した金二四万二、五〇〇円として届出られていることも考慮さるべきである。なお、実際は原告の長男の嫁が菓子製造、農業の協力をしていたもので、原告は依然として被扶養者の状態にあつた。

のみならず、原告は、家事労働においても経済的に評価できない被扶養者の立場にあり、かつ昭和四四年八月二六日は畠仕事を手伝つており本件事故前と変らない状態にあるもので、この点からしても得べかりし利益の喪失は考えられない。

第三、証拠関係〔略〕

理由

一、原告が昭和四二年八月七日午後四時ころむつ市大字田名部字柿ノ下梅田次郎方前県道上において被告中村敏雄運転の本件被告車に追突され、頭部外傷、頭蓋骨骨折、脳内出血、頭部裂創、左肩・腰部・下肢打撲傷、左外傷性視神経萎縮の傷害を受けたこと、および被告丸山が本件被告車の所有者であつて自己の業務のためにその被用者である被告中村に同車を運転させていたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、被告中村が本件被告車を運転して青森県下北郡大畑町方面からむつ市田名部方面へ向け県道を進行中、本件事故現場付近で居眠りをしたまま同車を運転した過失により原告に気づかず同車を原告に追突させたものであることは、原告と被告中村との間において争いがないところ、右事実は、弁論の全趣旨により原告と被告丸山との間においてもこれを認めることができる。

したがつて、被告中村は民法第七〇九条により、被告丸山は自動車損害賠償保障法第三条により連帯して原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。

二、本件事故により原告の被つた損害につき判断する。

(一)  療養費について

(1)  入院中の付添料

原告が本件受傷のため昭和四二年八月七日から同年一一月一〇日までむつ市立むつ病院で入院加療したことは当事者間に争いがないところ、〔証拠略〕を総合すると、原告は、本件事故後一週間余り意識不明で右入院期間中昼夜を問わず付添看護を必要としたので、被告中村の母中村ツルおよび被告丸山が自己の費用で頼んでくれた庭瀬ハルヱに付添つてもらつたほか、中里良子、斎藤いし子、川畑ふぢ、永田てるに順次付添看護を依頼し、これが付添料として中里良子に金一万二、〇〇〇円、斎藤いし子に金七、二〇〇円、川畑ふぢに金一万二、九〇〇円、永田てるに金一万四、四〇〇円以上合計金四万六、五〇〇円を支払つたことが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

(2)  鍼灸料

〔証拠略〕を総合すると、原告は、本件受傷による左肩背部打撲傷の治療のため昭和四二年一一月二六日から同年一二月一二日までのうち一三日間、昭和四三年九月二八日から同年一〇月一一日までのうち一三日間それぞれむつ市大湊の大湊鍼灸療院で鍼灸治療を受け、これが料金一万〇、六〇〇円を支払つたことが認められ、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。

(二)  得べかりし利益の喪失について

〔証拠略〕を総合すると、つぎの事実を認めることができる。

原告方では、菓子の製造、販売業および農業を営み、本件事故前は原告の夫柳谷丈助が主として菓子の製造、卸売り、店売りをし、原告が主として農業に従事し田二反三畝歩、畑四反歩を耕作するとともに家事をし、それぞれ他方が多忙なときはその手伝いをしてきたこと、原告は、本件事故による前記一記載の受傷のため昭和四二年八月七日から同年一一月一〇日までむつ市立むつ病院に入院加療したが、退院後も昭和四三年四月まで毎日同病院で通院治療し、同年五月から同年一二月までむつ市内の個人病院で週二、三回通院治療を受けていたこと、原告は、現在本件受傷のため頭部外傷後遺症、外傷性左視神経損傷が存し、頭痛と左肩痛を訴え計算能力も衰えており、また視交さ部クモ膜炎の疑いがあつて視力は右眼が〇・五、左眼が〇・一で左眼に視力障害があり、これらのため農業に従事することはもちろんのこと家事や店番もすることができず、わずかに乳母車のかたわらでその中にいる孫を見守つたり、本件事故後帰省して原告に代つて農業に従事している長男の嫁柳谷ユキに農作業を教示しているにすぎないことが認められ、右認定に反する被告丸山源蔵本人尋問の結果は前掲各証拠に照らし容易に信用することができず、他に右認定を覆えすに足る的確な証拠がない。

そうだとすると、原告は本件事故により労働能力を完全に喪失したものと解するのが相当である。

本件のように、副業として小規模の農業が営まれ、主として女子がそれに従事し、かたわら家事をしている場合、その女子の負傷に基づく逸失利益を把握することは極めて困難であるけれども、少なくとも全女子労働者の平均月間現金給与額程度の利益を六〇歳まで得られたであろうと推認するのが相当である。

そして、労働省大臣官房労働統計調査部発行の労働統計年報(昭和四二年)第六七表によると、全女子労働者の平均月間現金給与額は金二万一、七〇〇円であるから、原告は、本件事故の日の翌日である昭和四二年八月八日から本訴提起時である昭和四四年一月二三日までの一七か月間の得べかりし利益の喪失額は金三六万八、九〇〇円であり、〔証拠略〕によると、原告は、本訴提起時五八歳であることが認められるから、本訴提起時から六〇歳まで二年間の得べかりし利益を一か月金二万一、七〇〇円として年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法により控除して本訴提起時の現価を求めると金四八万四、六〇四円(円未満切捨)となるから、本件事故による原告の得べかりし利益の喪失額合計は金八五万三、五〇四円である。

(三)  慰藉料について

原告は、前記一、二の(一)の(1)、二の(二)で認定したとおり、本件事故による前記受傷のため約一週間余にわたり意識不明の状態に陥り、その後三か月余の入院治療、一年余にわたる通院治療を受けざるを得なくなつたばかりか、現在も頭部外傷後遺傷、外傷性左視神経損傷等による頭痛、左肩痛、左眼視力障害が残り、今後就労することはおろか正常な生活を営むことも不可能であり、これにより原告の被つた肉体的、精神的苦痛が筆舌に尽し難いものであることは想像するに難くなく、その苦痛を慰藉するためには金一〇〇万円をもつて相当と認める。

(四)  損益相殺

原告が本件事故に伴ない自動車損害賠償責任保険金七五万円(後遺症分金六〇万円、傷害分金一五万円)を受領し、また被告丸山から見舞金一万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがなく、右金七六万円を前記(一)の(1)(2)、(二)、(三)の合計金一九一万〇、六〇四円から控除した残額金一一五万〇、六〇四円が被告らの支払うべき損害賠償額である。

三、以上のとおりであつて、被告らは連帯して原告に対し、右損害賠償金一一五万〇、六〇四円およびこれに対する本件訴状副本送達の日であること記録上明白な昭和四四年一月三〇日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を免れない。

四、よつて、原告の被告らに対する本訴請求は、前段認定の限度において正当であるから認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 辻忠雄)

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